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2011/04
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東日本大震災の炊き出し支援に参加
4月15日午前8:00に網走市役所を出発、水谷網走市長の激励を受けて出発式。
私は列の一番左に立っています。
出発式
網走から苫小牧まで約7時間、フェリーで仙台まで約15時間。
船の中での宿泊ですが、朝方になって船が揺れると少し船酔いが・・・。
金華山沖に来ると、漂流物が沢山流れていて、生活用品からタイヤ、家の残骸など・・・。
言葉もでないほど。これからどんな惨状に向かうのかとおもうと、緊張する。
仙台港では、ターミナルビルが損傷しているので、フェリーの中でバスに乗車。
仙台港に入るとタンカーが岸壁に上にうちあげられていたり、トラックやコンテナー車が
規則正しく並んでいるとおもいきや、破損してしる車両が波できれいに並んでいるのだろうか。
20メートルほどの高さの倉庫の上にタイヤを上にして乗っかっている車、モニュメントではないよね。
すさまじい光景に言葉もでなかった。
松島を通り、石巻への海岸線へと向かうのだが、島々の間に沈没した船、
こんなにも美しい光景なのに、と思いながら石巻へ。

さらに惨状はひどく、広い田んぼの中に点在する車、冷蔵庫、テレビでは見えない光景。
道路の側の民家では、家財が通路につみあげられ、家族全員でほうきやスコップを持って
後片付けしている。1ヶ月を過ぎて、やっと手をつけようという気持ちが出てきたのでしょう。

石巻では「ヨークベニマル店、大街道店」の店舗前にテントをはり、炊き出しの準備。
到着したのが13:00を過ぎていたので、皆、おおいそぎで自分の分担の場所へ。
結局、この日は500食近くつくり配布。
風が強く、津波による黒いヘドロが乾燥して風で舞っていて、大変だった。
普通の泥とはちがって、水にぬれると黒くねばねばしている。
この黒いヘドロが伝染病の原因とか、いたるところに白い粉の消毒がされていた。

翌日は大船渡の避難所での炊き出し。
大船渡市の避難所から
このような美しく咲く桜の向こうには、美しい大船渡の海が見えます。
でも、その付近は津波による惨状が広がっています。
ここは高台なので、難をのがれ、住宅や団地も大丈夫のようでした。
避難所では350名以上の人が、美味しいご飯を待っていました。
いままで、朝と夜におにぎり1個づつの配給が、やっと18日から朝はパンとおにぎり、
夜は弁当などに変わる。
ボランティアの奥様達が、おかずや味噌汁を作るため、調理室に集まって会議していた。
そこに、給水を御願いし、調理の水を確保。
持っていったペットボトル2Lは、使用しないで配布することに。
給水できることにより、ペットボトル150本ほどが配布できる。

夕方からお食事の提供だったので時間があり、皆で仕込みへ。
ご飯は6リットルの釜を16回炊き上げる。
野菜のたまねぎやパプリカなどは、30キロ以上を細かく刻む。
サーモンは120キロを味付け、フライヤーで上げる。

モヨロ汁は大きな300人用の寸胴が4つ。
私は野菜の切り込みとご飯のもりつけ。

美味しいコーヒーをドリップで300杯を落とす人。
全ての作業準備を終え、提供開始。

4時頃からの配布にすでに100メートルの行列。
避難所の人から最初に配布し、つくっても作っても人の列はとぎれない。
作るほうに懸命なので列の長さはわからないが、500メートルくらいは続いている様子。
だんだん食材が少なくなりながらも作り続け、終ったのが19:00近く。
1200食をつくり撤収作業。
23人の人数で撤収する作業は早く、30分ほどで完了。
避難所の人にお礼とお別れえを言ってバスに乗り込む。
窓から見送ってくれる人や、道路まで出て見送ってくれる人。
住宅や団地の窓から見送ってくれる人。

炊き出しをして良かったと思える、「ウルルン涙」の瞬間でした。

私はカメラで惨状を写すのがいやだったので、この画像は参加者からお借りしました。
P4170253 (160x120)
P4170262 (160x120)
IMG_3046 (160x120)
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ジャンル : 地域情報

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